オベリスクへの日没
本日(もう昨日の話になりますが・・・)最後のお出かけ、それは地蔵ヶ岳のオベリスクに日が沈む瞬間を拝みたくて…。
ドコからかというと、穂坂町の韮崎インター近くの女夫石(めおといし)というところです。
数年前に女夫石遺跡といって、縄文時代の土偶とかがたくさん出てきてちょっと新聞をにぎわしたところです。
そんなところから春分・秋分の頃にちょうどオベリスクに日が落ちるということを、発掘調査の見学会で聞いたのを想い出しまして・・・。
春分は一年でも昼と夜とが半分半分の時ですよね、縄文時代には今みたいに機械仕掛けの時計はないけど、女夫石に住んでいた縄文人はきっと、オベリスクに日が沈むときが一年中でも特別な時だと感じていたんじゃないかな~。ずーっと昔のことにまで、思いをはせることのできる私の住むまち「韮崎」は素敵だと思う。←参加してみることにしました♪クリックお願いしますね!
小出しにすれば、三日分ですが、勢いで・・・。あとできっと後悔するんだろうな~。
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コメント
おはようございます!
いい写真撮れましたね・・・すごい。
それと、記事の内容。
昔の人も、地蔵岳が気になったのですね・・・やっぱり、山は「いる」。
天を指すオベリスク、縄文時代の人たちは何か名前を付けたのかな。知りたいですね!
C-chan
投稿: C-chan | 2008年3月24日 (月) 09時28分
C-chanさんへ
こんばんは!お褒めいただき、カメラも喜んでおります(カメラの性能にいつも助けられております…)。
縄文人はオベリスクをなんと呼んでいたのでしょうね、oberisukuも気になります。ここはドラエモンに登場願って…、というわけにはいかないので、永遠のナゾですね♪
投稿: oberisuku | 2008年3月24日 (月) 19時02分
oberisukuさんお久しぶりです。
地蔵岳への日没!いいですね~私も過去に挑戦しましたが、携帯カメラだったので中々上手くいかなかったことを覚えています☆今度カメラで私も挑戦してみよっと!
改めてですが。。。
昨年11月ブログ閉鎖時には、心温まるお言葉を頂戴いたしましてありがとうございました。
以来、御礼のコメントも出来ずに長い時間が経ってしまい本当に申し訳ございませんでした。
4月より細々ブログを再開いたしました…暫くPCや写真とも離れていたので少し緊張しておりますが(笑)、またこうやってご挨拶できることを嬉しく感じております。
失礼ながら今回お知らせの書込みになってしまいますが、またゆっくり遊びに訪問させて頂きたいと思います♪♪♪
どうぞ宜しくお願い致しますm(__)m取り急ぎ報告まで
pocky
投稿: pocky | 2008年4月13日 (日) 11時35分
pockyさん
復活、お待ちしておりました!!
地蔵ヶ岳への日没・・・、なかなか面白いでしょ!地蔵ヶ岳サンセットロードなんていうのが作れてしまいそうな気がしています♪
訪問させていただくブログが増えて、楽しみが増えました♪
投稿: oberisuku | 2008年4月13日 (日) 19時00分